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感謝の感謝の チケット 私は 幼い頃から 少し変わったところがあった 4歳の頃 公園の広場で不思議な感覚の中で 宇宙や愛を体験していた それから子供なのだが 子供じゃない 自分を生きる様になった 母親の言う躾けが 曖昧で そのほとんどが不安対策で希望に基づくものでは無いこと 人間性を高次の意識に成長させた大人が ほとんどいないこと 学校の学問の暗記では 教育の本質から 外れていること 国の文化や 世界の文明は まだ 文明開化すらしていないこと 人間は 自分の観念の中から 出られなくなってしまっていること ニーチェが言った様に 神様は みんなの心の中に生きていないこと(忘れ去っている) 「神は死んだ 」という言葉が とても切なく 私の心の中で 響いていた 私は 幼い頃から 夜寝ると ビジョン(夢)を見せられていた 過呼吸で苦しくなり目を覚ます 汗をびっしょりかいている 戦争、殺人、レイプ 客観的に見る、のではなく 当事者として 体験する 時には 加害者 時には 被害者として 冷や汗をかいて 目を覚ます 手が震え 足がすくんでいる 身体は 緊張で 痙攣を起こしている 毎日 そして 毎日 泣き疲れるのが 私にとっての睡眠だった 私は 夜 寝ることが 怖かった 夢とはいえど リアルなはっきりとした 体感が あるからだ 飢えて死ぬ時 人はどんな感覚なのか 水さえも飲めない 感覚 撃たれて死ぬ感覚 レイプされる感覚 憎しみの連鎖 絶望を越えた 無気力 生死の狭間を散々 行ったり来たり 私は 何度も 自分の命を終わらせたいと 思った この苦しみから解放されるならばと ただ 私を救っていたのは 10回に 1回 くらいは 明るいビジョンを 観ていたからだった 愛のみにガイドラインを置き 人と人とが 支え合い 助け合う 愛と希望と 信頼だけが 埋め尽くした世界 それもまた 体感していたからこそ 一縷の望みを 握りしめて 生きて来れていた 小学校の低学年の時 家族で 動物園と遊園地が一緒になった こどもの国へ 遊びに行った時の事だ ゲートでチケットを買う 両親のそばに いた私に 見えたのは 栄養失調で死にかけた 子供の姿だった 誰の眼にも見えていない だが 私の眼には それが観える それを振り払い ゲートをくぐり 動物園の方へ行く ひとつ ひとつ 動物の檻の前に来ると その動物の失望、悲しみ、無気力の意識が 私の中へ 入り込んで来る・・・ 辛くて 辛くて 早く 動物園から逃げ出したい やっと動物園コーナーが終わり アトラクションへ アトラクションのゲートの前に行くと 私だけに片足の無い 傷だらけの子供が見える また 振り払い アトラクションに乗る だが その子供の映像が気になり アトラクションを乗り楽しむ感覚が無い 疲れ果てて こどもの国から帰った 何度 いっても どこに行っても 私に観えるのは 今の世界情勢だった 世界が して来た 歴史だった 私の意識は 世界を救うことへと 自然に シフトしていった 世界には 当たり前の「生きる権利」すら 得られない人々たちがたくさんいる 私の私生活は 食べ物から 着るものさえにも反映されていた 自分の贅沢より 平等の権利 バカがつくほど地味な生き方だった だからこそ 私は自分の家庭、子供たちに 動物園や遊園地に連れて行こうと思うことはなかった 心が痛くて 行けなかったのだ ただ もちろん 子供たちを連れて 公園や海、自転車やローラースケート スポーツ全般は 徹底的に一緒にして来た 気が付けば 子供たちはみな大人になっている そして 私の仕事は 未来の子供たちの 素敵な環境づくりへと成長して来ている 一歩 また 一歩と 小さな想いを 紡ぎ 世のお母さんが 愛に目覚め始めている 最近そんな事を ひしひしと感じていた時の事だった 親力プログラムの 藤沢教室の 滝沢さんを中心に 生徒さんたちから なんともビックなプレゼントを頂いたのだ 12月 生まれの私に そして 私の家族に なんとディズニーランドの入場券を頂いたのだ 出張から帰り 自宅で 家族をテーブルに着け そのチケットを差し出した すると子供たちは あまりの嬉しさに 泣き出した 妻も もちろん涙を流している 私もまた こみ上げるものを感じていた 子供たちや妻から 「どうして 従姉妹や 友達は 旅行や ディズニーランドなど行くのに 私たち金城家だけは どこにも連れてってもらえないのだろうか? お父さんはそんな事に興味ないのかなぁ? 一度は行ってみたかった 子供の頃からの夢が またひとつ叶って メチャクチャ嬉しい」 と気持ちを伝えてくれた 私の子供に生まれたがゆえ 私の妻となったがゆえ 幸か不幸か ・・・ 私の心境は 複雑だった過去と変わり 今 この 家族の無条件の感動に また 生かされていることを感じている そして 感謝の 循環が このチケット、 機会を 私に 家族に 与えてくれたと 思っている 滝沢さん 宜保ちゃん そして藤沢のみんな 本当に 本当に ありがとう 私たち金城ファミリーは 皆さんのありがとうに 応え ありがとう返すべき ディズニーランドへ 行って来ます 事件なほど 明るくうるさい 金城ファミリー ディズニーランドへ金城ファミリー菌 振り撒いて来まぁ〜す(笑) 感謝? 感謝? チケット 私は 幼い頃から 少し変わったところがあった 4歳の頃 公園の広場で不思議な感覚の中で 宇宙や愛を体験していた それから子供なのだが 子供じゃない 自分を生きる様になった 母親の言う躾けが 曖昧で そのほとんどが不安対策で希望に基づくものでは無いこと 人間性を高次の意識に成長させた大人が ほとんどいないこと 学校の学問の暗記では 教育の本質から 外れていること 国の文化や 世界の文明は まだ 文明開化すらしていないこと 人間は 自分の観念の中から 出られなくなってしまっていること ニーチェが言った様に 神様は みんなの心の中に生きていないこと(忘れ去っている) 「神は死んだ 」という言葉が とても切なく 私の心の中で 響いていた 私は 幼い頃から 夜寝ると ビジョン(夢)を見せられていた 過呼吸で苦しくなり目を覚ます 汗をびっしょりかいている 戦争、殺人、レイプ 客観的に見る、のではなく 当事者として 体験する 時には 加害者 時には 被害者として 冷や汗をかいて 目を覚ます 手が震え 足がすくんでいる 身体は 緊張で 痙攣を起こしている 毎日 そして 毎日 泣き疲れるのが 私にとっての睡眠だった 私は 夜 寝ることが 怖かった 夢とはいえど リアルなはっきりとした 体感が あるからだ 飢えて死ぬ時 人はどんな感覚なのか 水さえも飲めない 感覚 撃たれて死ぬ感覚 レイプされる感覚 憎しみの連鎖 絶望を越えた 無気力 生死の狭間を散々 行ったり来たり 私は 何度も 自分の命を終わらせたいと 思った この苦しみから解放されるならばと ただ 私を救っていたのは 10回に 1回 くらいは 明るいビジョンを 観ていたからだった 愛のみにガイドラインを置き 人と人とが 支え合い 助け合う 愛と希望と 信頼だけが 埋め尽くした世界 それもまた 体感していたからこそ 一縷の望みを 握りしめて 生きて来れていた 小学校の低学年の時 家族で 動物園と遊園地が一緒になった こどもの国へ 遊びに行った時の事だ ゲートでチケットを買う 両親のそばに いた私に 見えたのは 栄養失調で死にかけた 子供の姿だった 誰の眼にも見えていない だが 私の眼には それが観える それを振り払い ゲートをくぐり 動物園の方へ行く ひとつ ひとつ 動物の檻の前に来ると その動物の失望、悲しみ、無気力の意識が 私の中へ 入り込んで来る・・・ 辛くて 辛くて 早く 動物園から逃げ出したい やっと動物園コーナーが終わり アトラクションへ アトラクションのゲートの前に行くと 私だけに片足の無い 傷だらけの子供が見える また 振り払い アトラクションに乗る だが その子供の映像が気になり アトラクションを乗り楽しむ感覚が無い 疲れ果てて こどもの国から帰った 何度 いっても どこに行っても 私に観えるのは 今の世界情勢だった 世界が して来た 歴史だった 私の意識は 世界を救うことへと 自然に シフトしていった 世界には 当たり前の「生きる権利」すら 得られない人々たちがたくさんいる 私の私生活は 食べ物から 着るものさえにも反映されていた 自分の贅沢より 平等の権利 バカがつくほど地味な生き方だった だからこそ 私は自分の家庭、子供たちに 動物園や遊園地に連れて行こうと思うことはなかった 心が痛くて 行けなかったのだ ただ もちろん 子供たちを連れて 公園や海、自転車やローラースケート スポーツ全般は 徹底的に一緒にして来た 気が付けば 子供たちはみな大人になっている そして 私の仕事は 未来の子供たちの 素敵な環境づくりへと成長して来ている 一歩 また 一歩と 小さな想いを 紡ぎ 世のお母さんが 愛に目覚め始めている 最近そんな事を ひしひしと感じていた時の事だった 親力プログラムの 藤沢教室の 滝沢さんを中心に 生徒さんたちから なんともビックなプレゼントを頂いたのだ 12月 生まれの私に そして 私の家族に なんとディズニーランドの入場券を頂いたのだ 出張から帰り 自宅で 家族をテーブルに着け そのチケットを差し出した すると子供たちは あまりの嬉しさに 泣き出した 妻も もちろん涙を流している 私もまた こみ上げるものを感じていた 子供たちや妻から 「どうして 従姉妹や 友達は 旅行や ディズニーランドなど行くのに 私たち金城家だけは どこにも連れてってもらえないのだろうか? お父さんはそんな事に興味ないのかなぁ? 一度は行ってみたかった 子供の頃からの夢が またひとつ叶って メチャクチャ嬉しい」 と気持ちを伝えてくれた 私の子供に生まれたがゆえ 私の妻となったがゆえ 幸か不幸か ・・・ 私の心境は 複雑だった過去と変わり 今 この 家族の無条件の感動に また 生かされていることを感じている そして 感謝の 循環が このチケット、 機会を 私に 家族に 与えてくれたと 思っている 滝沢さん 宜保ちゃん そして藤沢のみんな 本当に 本当に ありがとう 私たち金城ファミリーは 皆さんのありがとうに 応え ありがとう返すべき ディズニーランドへ 行って来ます 事件なほど 明るくうるさい 金城ファミリー ディズニーランドへ金城ファミリー菌 振り撒いて来まぁ〜す(笑) 感謝? 感謝?

感謝の感謝の チケット
私は 幼い頃から 少し変わったところがあった
4歳の頃 公園の広場で不思議な感覚の中で
宇宙や愛を体験していた
それから子供なのだが 子供じゃない
自分を生きる様になった
母親の言う躾けが 曖さ昧で そのほとんどが不安対策で希望に基づくものでは無いこと
人間性を高次の意識に成長させた大人が
ほとんどいないこと
学校の学問の暗記では 教育の本質から
外れていること
国の文化や 世界の文明は
まだ 文明開化すらしていないこと
人間は 自分の観念の中から
出られなくなってしまっていること
ニーチェが言った様に
神様は みんなの心の中に生きていないこと(忘れ去っている)
「神は死んだ 」という言葉が
とても切なく 私の心の中で 響いていた
私は 幼い頃から 夜寝ると
ビジョン(夢)を見せられていた
過呼吸で苦しくなり目を覚ます
汗をびっしょりかいている
戦争、殺人、レイプ
客観的に見る、のではなく
当事者として 体験する
時には 加害者 時には 被害者として
冷や汗をかいて 目を覚ます
手が震え 足がすくんでいる
身体は 緊張で 痙攣を起こしている
毎日 そして 毎日
泣き疲れるのが 私にとっての睡眠だった
私は 夜 寝ることが 怖かった
夢とはいえど リアルなはっきりとした
体感が あるからだ
飢えて死ぬ時 人はどんな感覚なのか
水さえも飲めない 感覚
撃たれて死ぬ感覚
レイプされる感覚
憎しみの連鎖
絶望を越えた 無気力
生死の狭間を散々 行ったり来たり
私は 何度も 自分の命を終わらせたいと
思った
この苦しみから解放されるならばと
ただ 私を救っていたのは
10回に 1回 くらいは 明るいビジョンを
観ていたからだった
愛のみにガイドラインを置き
人と人とが 支え合い 助け合う
愛と希望と 信頼だけが
埋め尽くした世界
それもまた 体感していたからこそ
一縷の望みを 握りしめて
生きて来れていた
小学校の低学年の時
家族で 動物園と遊園地が一緒になった
こどもの国へ 遊びに行った時の事だ
ゲートでチケットを買う 両親のそばに
いた私に 見えたのは
栄養失調で死にかけた 子供の姿だった
誰の眼にも見えていない
だが 私の眼には それが観える
それを振り払い ゲートをくぐり
動物園の方へ行く
ひとつ ひとつ 動物の檻の前に来ると
その動物の失望、悲しみ、無気力の意識が
私の中へ 入り込んで来る・・・
辛くて 辛くて 早く 動物園から逃げ出したい
やっと動物園コーナーが終わり
アトラクションへ
アトラクションのゲートの前に行くと
私だけに片足の無い
傷だらけの子供が見える
また 振り払い アトラクションに乗る
だが その子供の映像が気になり
アトラクションを乗り楽しむ感覚が無い
疲れ果てて こどもの国から帰った
何度 いっても どこに行っても
私に観えるのは 今の世界情勢だった
世界が して来た 歴史だった
私の意識は 世界を救うことへと
自然に シフトしていった
世界には 当たり前の「生きる権利」すら
得られない人々たちがたくさんいる
私の私生活は 食べ物から 着るものさえにも反映されていた
自分の贅沢より 平等の権利
バカがつくほど地味な生き方だった
だからこそ 私は自分の家庭、子供たちに
動物園や遊園地に連れて行こうと思うことはなかった
心が痛くて 行けなかったのだ
ただ もちろん 子供たちを連れて
公園や海、自転車やローラースケート
スポーツ全般は 徹底的に一緒にして来た
気が付けば 子供たちはみな大人になっている
そして 私の仕事は 未来の子供たちの
素敵な環境づくりへと成長して来ている
一歩 また 一歩と 小さな想いを 紡ぎ
世のお母さんが 愛に目覚め始めている
最近そんな事を ひしひしと感じていた時の事だった
親力プログラムの 藤沢教室の 滝沢さんを中心に 生徒さんたちから なんともビックなプレゼントを頂いたのだ
12月 生まれの私に そして 私の家族に
なんとディズニーランドの入場券を頂いたのだ
出張から帰り 自宅で 家族をテーブルに着け
そのチケットを差し出した
すると子供たちは あまりの嬉しさに
泣き出した
妻も もちろん涙を流している
私もまた こみ上げるものを感じていた
子供たちや妻から
「どうして 従姉妹や 友達は 旅行や ディズニーランドなど行くのに
私たち金城家だけは どこにも連れてってもらえないのだろうか?
お父さんはそんな事に興味ないのかなぁ?
一度は行ってみたかった
子供の頃からの夢が またひとつ叶って
メチャクチャ嬉しい」
と気持ちを伝えてくれた
私の子供に生まれたがゆえ
私の妻となったがゆえ
幸か不幸か ・・・
私の心境は 複雑だった過去と変わり
今 この 家族の無条件の感動に
また 生かされていることを感じている
そして 感謝の 循環が
このチケット、 機会を 私に
家族に 与えてくれたと 思っている
滝沢さん 宜保ちゃん そして藤沢のみんな
本当に 本当に ありがとう
私たち金城ファミリーは
皆さんのありがとうに 応え
ありがとう返すべき
ディズニーランドへ 行って来ます
事件なほど 明るくうるさい
金城ファミリー
ディズニーランドへ金城ファミリー菌
振り撒いて来まぁ〜す(笑)
感謝? 感謝? チケット

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